陽炎に一気に振り下ろす。
「っ!」
突然のことに陽炎は驚いたが、頭より体が先に危険を察知したらしく、破魔矢の太刀を紙一重で避けた。
その様子を見ていた大男たちも、思わず息を呑む。
「な、なぁ、あの刀って、ホンモノじゃねぇのか?」
「馬鹿っ、んなワケねぇだろ!」
男たちの一人が笑い飛ばすように答えるが、その声は震えていた。
破魔矢は「ヒゥ」軽くと口笛を吹き、
「へぇ、…今のを避けるなんて、やっぱりテメェ、”DES”飲んでるな?」
「はっ、”DES”だぁ!?知るかぁ、そんなモン!!」
「知らない?…三日に一度、飲まないのか?」
「だから、何も飲んでねぇーって!」
「……ふーん。まぁ、いいか。」
途端、一瞬のうちに、陽炎の背後に回りこんだ。
―――んなっ、速っ―――!!
人間離れした動きに、陽炎は全く対応できない。
「とりあえず、さっき、テメェが俺にした事、思い出させてやるからよ。」
破魔矢の口角が楽しそうに上がり、陽炎の頬に一発パンチを入れた。
「うぐぅっ!」
陽炎はふっ飛び、地に臥す。
「っつてぇ…。」
陽炎は服についた砂を払いながら、ゆっくり起き上がる。殴られたのは、久しぶりだった。
「こんの野郎…。」
殺されるという危機感よりも、頬の痛みに屈辱感を覚えたほうが大きく、
陽炎は黙ったまま怯まずに構えた。
破魔矢も腰を低く構え、陽炎の懐に入るように、直線的に突進してきた。
肉眼で追いつけるスピードではなかった。
そもそも、アルビノであるために生まれつき陽炎はあまり視力がよくない。
破魔矢の姿を捉えたときには、すでに破魔矢は刀をつきたてる様に自分の目の前にいた。
「テメェの目、いただくぜ。」
「―――!」
瞳の中には鋭い刃。刺されれば、―――想像したくもない。
―――駄目だ!!
陽炎は遂にこの状況を打破する術を見つけきれず、ギュッと固く目を閉じた。
その時、陽炎は目ではなく、耳に衝撃を感じた。轟く爆音。ツン、と鼻に来る火薬の匂い。
恐る恐る瞳を開けてみると、破魔矢の手に刀は無く、
代わりに持っていた手をもう片方の手で痛そうに押さえている。
持っていた刀は地に落ちていた。
「お前らの狙いは、俺じゃないのか。」
低いテノールの声だった。ドクン、と陽炎の心臓が跳ね上がった。
「―――あっ。アンタ、」
陽炎は目を丸くした。その声の主こそ、ずっと探していた男。
黒髪に、吸い込まれそうなくらい深い、闇が宿ったような瞳の男、
「宮古 礼司!」
彼の手には、黒光りした拳銃。その銃口からは一筋の煙があがっている。
恐らく、彼の銃弾を破魔矢の刀に当てて弾き飛ばしたのだろう。まさに、精密射撃だ。
「どうして、アンタがここに?」陽炎は礼司の方へ駆け寄った。
「お前を探していた途中だった。…俺は嫌だったんだがな。」
「?」
破魔矢は苦虫を潰したような顔をした。
「ちっ、どいつもこいつも、邪魔しやがって…。」
「……。」
「…あーぁ、時間切れになっちまったじゃねぇか。…勝手に抜け出してきたからなぁ。
シラサギに怒られちまう。俺ぁ〜もう帰るぜ。」
破魔矢は、ふと腕時計を見ると、残念そうに言った。落ちた日本刀を拾い上げ、鞘に収めた。
「えぇ、ちょ、ちょっと!破魔矢さん!」
大男の一人が慌てて引きとめようとするが、破魔矢は全く聞く耳を持とうとしない。
そのまま、彼らに背を向けて去ろうとしたが、
「あ、そうだ。」
何かを思い出したように振り返った。
―――しまった!と、その瞬間、ハッとしたように礼司が叫んだ。
「お前ら、逃げろッ!!!」
「え?」
男たちが礼司をキョトンとした目で見やるが、時すでに遅し。
すでに破魔矢は刀を抜いて振り切っていた。
一筋の閃光が三人の大男たちの首を切りつけ、そのまま血を噴出して吹き飛ぶ。
首は胴体から離れ、砂埃を立てて崩れ落ちる。
「テメェら殺すの忘れてたよ。あっはっはっはっはっ!」
血のしぶきが飛ぶ中、破魔矢はそう言って笑った。
「…………………!!!」
ドクン!と体が熱くなるのを感じた。陽炎は体が動かなかった。ただ、心臓だけが自分の中で痛く暴れていた。
目の前の赤い鮮血。人の血の匂い。首のない人体。もう―――動か、ない。
目を見開けば、その様子が脳裏に焼きついてくる。
ドクン、とまた心臓が悲鳴を上げた。
「テ…メェ…。」
陽炎が低く唸り、固く拳を握り締めた。
確かに、陽炎の中で先ほどのように「あの日」の感情が蘇ろうとしていた。
頭の片隅で、その感情を抑えようとする自分がいる。泣きそうだった。
首を締め付けるような、悲しみと憎しみが体中を駆け巡り、ついに爆発した。
「コ、ロス…っ!」
陽炎が駆け出そうとした瞬間、強い力で腕を引っ張られた。
瞬間、礼司と目が合った。闇色の瞳が、深く訴えていた。
やめろ、と。
礼司は破魔矢の方に目をやる。
「お前は何者だ。目的は何だ。」
「フッ、そうだなぁ?『箱庭』から来た、とだけ言っておこうか。」
「『箱庭』…だと…!?」
礼司の涼しげな顔が、途端、ひどく狼狽していた。
「ま、俺に言えるのはそれだけだ。命令に従ってるだけなんでね。」
「命令!?命令だったら、人を殺すのか!?罪悪感とか、無いのか!?」
陽炎は噛み付くように吼えた。
「はっ!人がどうなろうが、知ったことじゃねぇな!」
吐き捨てるように言うと、破魔矢は暗い路地の奥の闇と同化していく。
くっくっく、と喉で笑いながら、
「また来るぜ、『ウサギ』。次は必ずテメェのその赤い目、使い物にならないようにしてやるからよ。」
「なっ、おい!待てよ!」
陽炎は追いかけよう礼司の手を振り払おうとするが、礼司の手にさらに力が入った。
陽炎は噛み付くように礼司に怒鳴った。
「離せよ!!あの人殺し、一発殴らねぇと気がすまねぇ!!!」
「…すまない。我慢してくれ…。陽炎…。」
礼司は消え入りそうな声で懇願する。彼の手も、ワナワナと怒りで震えていた。
「…。」
陽炎は振り切るのを止め、体の力を抜いた。歯を食いしばった。
「――……なんで…だよ…。ちくしょう…。アイツ、今度会ったら覚えてやがれ…。」
二人の間にしばらく沈黙が流れたが、礼司は陽炎の腕を放し、沈黙を破った。
「…俺たちも行こう。あまり長居してると、人に見つかる。」
「えっ。」
陽炎は驚いて礼司の顔を見た。
「何言ってんだ!これ、警察に通報したほうがいいって!」
「駄目だ!!」
礼司が陽炎より一回り大きな声で言った。
陽炎はやや困惑した表情をみせたが、瞳は何か反抗したいような視線だった。
だが結局、それ以上は何も言わなかった。
「…すまない…。俺は命を狙われてる身だから、あまり世間に姿を見せたくない。
アイツが、普通の人間じゃないことは、お前もわかるだろう?
…他の人間がこの場に立ち入れば、間違いなく、今日のように殺される。
だから、警察にも言うわけにはいかない。今日のことは…辛いだろうけど、胸に閉まっておいてくれ…。」
「…何回目なんだよ、こーゆーこと。」
「5回目くらいかな…。」
礼司は視線をやや反らして、2、3回ほど数を減らして答えた。
「あのさ…、こいつらどうするんだ?」
首のない三つの胴体を指差して陽炎は不安そうな顔をする。
「…大丈夫。後処理は、他に任せている。」
「…?」
「じゃぁ、行こうか。」
礼司は踵を返した。
「行くって、どこに?」
その背に問いかけると、礼司は振り返って言った。
「東探偵事務所。…全て、そこで話してやる。」
「えっ。」
「ついて来い。」
―――麗花のことが、聞ける…?
陽炎に興奮と緊張が襲った。そして、陽炎はまさに今、どこかで感じていた。
今までの日常が壊れていく音を。だが、不思議と嫌な気分ではなかったのだ。
少年が、彼女を失って7年間、ずっとこの日常の崩壊を待ち望んでいたのだから。
>>>Act.4-1へつづく